日本知能情報ファジィ学会のご案内

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 日本知能情報ファジィ学会は、「あいまいさを含む全方位から知能の解明、実現、応用に対して科学的に挑戦する学会」です。また、自然科学・技術にとどまらず、人文・社会科学の分野も包含し、領域横断的で、知能に関わる様々な研究・技術・環境の変化を先取りする努力を続けています。

 

概要

第16期会長に就任して

山田耕一

 このたび,6月16日に開催された日本知能情報ファジィ学会総会で,第16期会長に選任されました山田耕一です.これからの2年間,微力ながら学会,会員の皆様のために力を尽くしたいと思います.
 さて,今年,30年続いた平成の時代が終わり,新しい令和の時代が始まりました.平成の始まりは30年前,1989年1月8日です.本学会の設立はその半年後の平成元年の6月でした.本学会の歴史は,ほぼ平成の時代と重なっています.
 令和の始まる数ヶ月前から,新聞・雑誌・テレビは,こぞって平成の30年を振り返る特集を組みました.表現は若干違っていたかもしれませんが,それらの記事や番組では,平成を「戦争のなかった平和な30年」,「ICT・インターネットの黎明期」と評価する一方,「失われた30年」,「坂を下り続けた30年」,「改革疲れの30年」,「エリートが無責任化した時代」など,バブル後の後遺症に焦点を当てる辛口の論評も多くありました.改めてこれらのフレーズを噛み締めてみると,平成の歩みは,物理的な時間だけでなく,内容においても我々の学会と重なる部分が多かったと思います.学会設立後,短期間でファジィ理論が隆盛を誇り,会員数が2000人前後まで膨らんだあと,バブル崩壊とともに会員数の漸減を続けてきました.少々きつい言い方をすれば,「時代から取り残されてきた30年」と言ってよいかもしれません.もちろん,私もそのただ中にいた一人です.
 世界に目を転じれば,平成の30年は,あらゆる分野で市場化とグローバル化が進んだ時代だったと言ってよいでしょう.ざっくり言えば,グローバル化以前,国ごとの濃淡はあるものの,民主主義国は民主的に決めた規則を手段として,国民・人権・文化を守ってきました.しかし,過度な市場主義とグローバリズムは,規則を規制と呼び替え,その規制を緩和し,社会の維持・管理力を弱め,世界をある意味で自由化しました.ただし,その自由は,私が中高生だった頃に世界の若者たちが求め続けた個人の自由,価値と生き方の自由とは全く違います.それは,当時の若者たちが夢見た自由とは全く異質なもの,過激な言い方を許していただければ,強者による利己的行動の自由,弱者を見なくてもよい自由です.資本主義国で,強者から弱者を守る規則が撤廃されれば,様々な格差が広がり,社会が分断化するのは,自然な結果といってよいでしょう.

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 さて,令和の時代,けっして勝ち組とは言えない本学会は,学術団体として,どのような道を歩むべきでしょうか.学術という浮世離れをした世界ではあっても,社会的存在である以上,世の流れと全く無縁ではいられません.教育・研究における市場化と格差拡大は我々にとっても大きな問題ですし,賃金格差拡大は経済のグローバル化とともに,ICT技術の影響が大きいと指摘されています.より大きな流れを見れば,科学技術と資本主義は,常に手に手を取って発展してきたと言われます.小さな学会ではあっても,これらの負の側面に目をつぶることは適切でないでしょう.
 一方で,自らを振り返れば,本学会は,会員減少による収入減に支出の歩調を合わせられず,赤字の拡大を続けています.第15期会長の林勲先生は,このままだと20年以内に蓄えを食いつぶし,学会存続が困難になるだろうとの危機感を表明しましたが,事態はさらに深刻化しています.
 2つの方針がありえます.一つは抜本的改革.蓄えがあるうちに,お金と時間をかけて,窮地を脱するための大改革を行う方向です.タブーを打破し,新たな未来を見つめ,時代と社会が求める科学・技術の方向へと学会を変革する.しかし,これは言葉で言うほど簡単ではありません.時代が求める科学は何かとの問い以前に,学会とは,そもそも同じ学術的興味と志を持った研究者たちの集まりだという最も大切な前提条件を揺るがしかねない,と私は思います.会社のように,構成メンバーが生活の糧を得る組織であれば,座して待つより抜本改革をという方針は妥当かもしれません.しかし,学会は違います.例えばですが,仮に,相撲人口が激減し,村の相撲同好会が存続危機に陥ったとき,抜本改革してサッカー同好会に変えようという方針は妥当でしょうか.サッカーでなく,柔道でもプロレスでも同じことです.
 もう一つの方向はもっと地味なものです.例えば,節約と改善,あるいは小さな改革を重ねながらより長く生きようとする.恐竜全盛時代(中生代のジュラ紀,白亜紀)の哺乳類のように,ひっそりと生き延びて,いつか来る新生代を待つというやり方です.戦略とも呼べない非積極的な方針に見えるかもしれませんが,無謀な大改革をして自滅するよりは可能性があるように思えます(一般論として,明確な見通しのない大改革は事態を悪化させます).人工知能や人工ニューラルネットに,2度目,3度目のブームが訪れたように.もちろん,来るべきそのときのために,自らの潜在能力,新しい理論や技術を常に磨いておくことは必要です.

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 私は,個人的に,改革という言葉を好みません.変えることに反対という意味ではありませんが,昨今の組織内の日本人が困難な問題に向き合ったとき,まず唱える呪文のように聞こえるからです.組織が問題に直面したとき,とりあえず,「改革しなければ」と言ってみる.それが前に進むことだと思えるからです.そして会議を開き,妙案が浮かばなくても,絞り出したよくある案を一つ選び,「改革」を始めてみる.いつの頃からか,「改革」という言葉にそんな匂いを感じるようになりました(あくまで,日本社会を見ていて思う一般論です).
 京都大学名誉教授の佐伯啓思氏は,自信喪失状態になった日本が行った一連の改革(具体的には,平成5年の政治改革,平成のほぼ全期間を通じて行われた行政改革,平成13年から18年の聖域なき構造改革,平成2年の新学力観,平成12年の生きる力などの教育改革,平成14年以降の大学改革等)は,およそ失敗したと断じ,平成のこの30年を「改革狂の時代」と表現しました(2019年1月11日,朝日新聞,「異論のススメ」).もちろん,危機において何もしないでよいとは考えていません.林勲前会長が指摘するように,本学会が,長期的に見て危機的であることも間違いありません.しかし,正直に白状しますが,現時点で,将来を約束する妙案が見えているわけではありません.無謀な大改革で,学会の資産と会員の皆様の力を消耗することは避けたいと思います.当面は,第15期理事会から続く施策・成果を引き継ぎ,まずは地に足のついた地味な改善(小さな改革)を行いつつ,走りながら考えようと思っています.常に,費用対効果あるいは労力対効果を念頭に,会員の皆さんの知恵を借りてよりよい方向へ進む.それこそ,私がすべき唯一のことだと感じています.皆様のより一層のご支援,ご協力をおねがいいたします.(おわり)

 

沿革

 2011 〜

 2001 〜 2010

 1991 〜 2000

 1981 〜 1990

 1965 〜 1980

 

組織

 理事会(第16期)

 本部委員会(第16期)

 支部・研究部会

 

各種報告書

 貸借対照表・収支計算書・事業報告等

 理事会・総会議事録

 

学会賞受賞者およびフェローリスト

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    一般財団法人ファジィシステム研究所内